金融システムはなぜ過剰なほどの安定性を求められるのか

SIer、特に金融系のSIerは非常に悪く喧伝されている気がします。

糞めんどくさいドキュメント作成だったり、生産性皆無なプログラミングだったり、デスマーチだったり。

金融系のシステム開発の生産性が低いのはぼくはしょうがないと思っています。

セキュリティが厳しかったり、少しプログラム修正するだけで会議会議会議だったり、絶対に移行を成功させるために移行リハーサルだけでお正月とゴールデンウィークを潰したりだとか。

それはすべてこれまでに障害が起きたら再発防止策を講じるということを何十年も積み重ねてきた歴史でもあるのです。

そもそもなんで金融システムは安定を求められるのでしょうか。

今日は、なんで金融システムが安定していなければならないかの個人的な考えを述べたいと思います。(ぼくは金融の専門家ではありませんので、間違いがあったら指摘していただけたら幸いです。)

  

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こんな銀行システムはいやだ

たとえば銀行システムが安定していなくて下記のような感じだったら嫌じゃないでしょうか。

  • ATMがたまに使えなくなる銀行。デートの直前にATMが止まってお金を下ろせなくてフラれた。
  • いままで頑張って貯めてきた貯金が、バグで0円になった。
  • 資金繰りに困っている中小企業。取引先の会社が使っている銀行がシステム障害で止まっていたため振込されず倒産した。
  • クレジットカードで1000円のものを買ったら10万円引き落とされた。

銀行のシステムが安定していなかったら、日本国民は銀行にお金なんて預けなくなりますよね。

 銀行が使われなくなると

そもそも給料は封筒に入って現金支払い。何を買うにも現金が必要なんて社会嫌ですよね。

企業同士のお金のやりとりで数十億円支払われることもあるので、そうした場合はトラックにお金を積み込んでやりとりするんでしょうか。(ちょっと楽しそうですね)。

そんなことになれば、企業の動きはより鈍くなってしまいますよね。

 

また、銀行はお金を預かるだけでなく、融資も行っています。

融資が行われなくなれば、新たに事業を始めることも難しくなってしまいます。

www.zenginkyo.or.jp

そもそもお金とは何なのか

みなさん財布の中の紙切れを見てみてください。

福沢諭吉や野口英世が印刷されていると思います。はてさて、お金ってなんなんでしょうか。

この日本国においては、福沢諭吉が書かれているただの紙切れが、1万円として取引されています。そもそも、なんで福沢諭吉が書かれているだけの紙切れが、お金として流通しているんでしょうか。

それは、日本国民が、世界の人々が日本銀行券の1万円札には1万円の価値があると思い込んでいるからなのです。もし国民が1万円札が紙切れだと認識した瞬間に、日本銀行券はトイレットペーパーとなります。

 

銀行が信用できず現金でやりとりしているような通貨、信用できるでしょうか。

日本円が信用できなくなり米ドルを使うようになったとしたら、日本国は通貨が発行できなくなり、自国通貨建ての国債も発行できません。みなさんの貯金も紙切れになります。いまは1ドル114円(2017年3月現在)ですが、日本円の信用がなくなれば1ドル1000000000000円なんてこともありえますよね。

おわりに

当たり前のように使えている金融システムですが、実は安定運行のために多くのエンジニアの血と涙が費やされています。

ATMでお金をおろせるの最高ーーー!!!!とはならなくても、たまには思いを馳せてみてほしいんです。当たり前じゃないんです。当たり前のようになるように頑張っているんです。

そうはいっても実はちょくちょく障害おきたりしているんですけどね・・・。