Wikipediaの編集方針には情報化社会での大切なことが詰まっている

Wikipediaという百科事典を知らない方はいないと思います。
実はWikipediaは専門家が編集しているわけではなく、普通の一般人有志が編集しています(もちろん有志のなかには専門家もいますが)。
そのため、きちんとした編集方針が整備されています。あれだけ大きな百科事典のための編集方針ですから、情報化社会で生きるための大切なことが詰まっています。


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編集方針のご紹介

検証可能性

ウィキペディアに執筆してよいかどうかの基準は「真実であるかどうか」ではなく「検証可能かどうか」です。つまり、私たちがウィキペディアで提供するのは、信頼できるソース(情報源)を参照することにより「検証できる」内容だけだということです。このことをウィキペディアでは検証可能性 (Verifiability) と呼んでいます
Wikipedia:検証可能性 - Wikipedia

上記のとおり、Wikipediaで執筆してよいものは「真実であるかどうか」ではなく「検証可能かどうか」となっています。
インターネット上では正しい情報もあれば正しくない情報もあります。そのため、本人が「真実だ」と思っていても正しくない場合があります。そのため、「真実であるかどうか」ではなくほかの人からも「検証可能かどうか」がWikipediaにおける執筆基準となっています。
これは、情報化社会でのSNSでの活動にも当てはまるのではないでしょうか。
たとえばTwitterでリツイートした情報などが実はデマ情報で、あとからリツイートを取り消したという経験はないでしょうか。
それは自分が「真実だと思った」からリツイートしたわけです。もちろん自分がその情報についての専門家で真偽を判断できるのならリツイートしても問題ありません。でももし「真実だと思った」だけであれば、信頼できる情報源で「検証可能かどうか」を判断してからリツイートするとよいと思います。

信頼できる情報源

ウィキペディアの記事の出典には、信頼できる公刊された情報源を使用するべきです。
Wikipedia:信頼できる情報源 - Wikipedia

先ほどWikipediaの執筆には検証可能かどうか確かめる必要があると述べました。Wikipediaでは検証可能であるということを「出典」として明記します。
とはいえ、信頼できない情報源を「出典」としても意味はありません。
信頼できる情報源というのは扱う情報によって変化しますので難しいのですが、もし判断できないようであれば情報を発信しないほうがよいこともあるかもしれません。
特に、災害や事故などの命にかかわる情報と、医療についての情報に関しては必ず信頼できる情報源での「検証可能かどうか」を確かめる必要があると思います。

礼儀を忘れない

無礼な態度は人をむきにさせ、他人の考えに心を閉ざし、コンセンサスの形成を妨げます。無礼な態度は善意を失わせ、今起きている争い、そしてその次の争いの解決を難しくするだけです。ですから、決して無礼な態度をとることは許されないのです。
Wikipedia:礼儀を忘れない - Wikipedia

インターネットという相手の性格も顔も知らない環境だからこそ礼儀は必要だと思うのです。
特に、リンク先「礼儀を守るためのヒント」節にはめっちゃよいことが書いてあります。

・「お願いします」「ありがとう」「ごめんなさい」「どういたしまして」「こんにちは」。ちょっとした挨拶を大切にし、仲間の編集者を、大きなプロジェクトに共同で携わっている尊敬し、敬愛する同僚として扱う。

・相手のことを好きになれないな、と思っても、その気持ちを自分のうちにとどめておくようにする。相手もプロジェクトのためにがんばっているのだ、と評価するためには、別にその人物を人間的に好きになる必要はありません。

礼儀を守るためのヒント - Wikipedia

おわりに

今回ご紹介したガイドラインのほかにも多くのガイドラインがあります。
もしWikipediaの活動に参加してみたいと思った方は読んでみてはいかがでしょうか。
Wikipedia:方針とガイドラインの一覧 - Wikipedia